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2006年7月31日 (月)

変わる時期

先日より、いろんな出来事が会社にありました。

クレームだったり、うれしい誤算だったり・・・・・

社員がこんなに会社に対して真剣に思っていたんだとか・・・・・

丁度、会社自体が変化する時期に来ているように思います。

今までとは、全く違うより高い次元の悩みや問題が発生してきました。  

その分、お客様の弊社への期待が大きいのだと思います。

大変にありがたいことだと思っています。

会社が、進化する時期ってものがあるとしたら 今なのかなあと私は思っています。

昨日も、お客様のある先輩経営者さまからありがたいお話を聞きました。

オレンジハウスを育てようとしてくださるお客様の気持ちに正直 涙が

出るほど嬉しかったですね。

このところ、ある同業の経営者から教わった言葉 「 知識より意識 」という言葉

がすごく理解できるようになりました。

2006年7月25日 (火)

オレンジハウスという名前

オレンジハウスって名前はどういう由来ですかって聞かれます。

静岡だからオレンジハウス それともあの有名な雑貨屋さんから?

いいえ、実は私にとって深い訳がある名前なんです。

5人兄弟の末っ子の長男として生まれた私は、幼いころより後を継ぐものと

教育をされてきたわけです。

中戸川銅鉄店は、祖父の代より外壁 屋根材を扱うお店

私が幼かったころは、特にトタンやラス網とかが主力商品でした。 

工事もやっていましたが、トタンやラス網を配達を手伝うと体や手が切れて

怪我してしょうがありませんでした。

正直、同じ建築系の仕事につくのなら、もっと体に怪我のない仕事がしたいと

常々思っておりました。 

東京の学校にいき、宅建をとって学生時代に初めてアルバイトで使ってもらった

のが当時 高田馬場にあった不動産会社 オレンジハウスでした。

頭の薄いとても26歳に見えない深谷社長と数名だけの小さな会社でした。

静岡から出てきて、世間知らずの私が、仕事やその他 人の温かみ全てを、

このオレンジハウスで学ばせていただきました。

私という人格や性格が、オレンジハウスですべて作られたといってもいいですね。

その後、東京で、不動産 建築の会社に就職しても, 親しくお付き合いさせていた

だきました。

29歳のとき、実家に戻り、後を次ぎリフォーム部門の名前を変えようと考えた

ときもう迷わず オレンジハウスとつけました。

古くからの友人は、私らしいといってくれてるみたいです。

その後、頑固者の深谷社長は、主要取引先の住宅メーカーの責任者の個人的な

要求を断り仕事をまわしてもらえなくなり、廃業 いまだに行方知れずです。

そういうことが、企業でなく、個人の方の幸せを追求する会社になろうと決意した

理由でもあります。

今も きっとどこかで、深谷社長がオレンジハウスが頑張っていることを見てくだ

さればと思いながら、毎日仕事をしています。

2006年7月 7日 (金)

リフォーム産業

昨日 静岡でリフォームの業界団体 中間法人増改築産業協会(ジェルコ)の

http://www.jerco.gr.jp/

会員増強のセミナーを静岡支部のメンバーでタカラ スタンダードさんのショールーム

をお借りりして行いました。

ジェルコ会長の山口会長より今後 リフォーム業のあり方の講演 

丁度、リフォーム産業新聞社社長の伽藍さんとお話した後で、同じような

意味の講演 皆 同じような想い ベクトルに向いているのだと安心と納得

やっぱり業界のレベルを上げること、自社のことばかりでなく、お客様にいかに

キチンとした情報 サービスを提供できる会社が増える事が一番と改めて感じた

次第です。

商売上とくにもならない2時間の講演にもかかわらず 県下80社の方が参加して

いただいて、リフォーム業への熱い想いを感じました。

きっと、皆の熱いリフォームへの想いがお客様に理解していただける日も

近いのかと思った次第です。

2006年7月 4日 (火)

ニューシネマパラダイス

ワールドカップのおかげですっかり夜更かしの癖がついてしまいました。

試合のない日も夜中にTVをつけてしまう。

そんな時に、なんと映画 「ニューシネマパラダイス 」を放送してるのじゃありませんか。

夜中 ひとりで号泣しながら見続けちゃいました。

もうこの映画は、何時見てもなんと言ってよいのかわからないくらい素晴しい。

http://www.n-c-p.jp/

小学生のころより、学校さぼってオリオン座 有楽座に出入りしていた私にとって

これはノスタルジーの何者でもないです。

ちなみにエンリコ モリコーネの音楽は、反則です。

油っぽいポテトチップスとコーラ 薄暗い映画館の匂い  緞帳が上がるときの期待感

そして、映画館でしかやっていない おばさんの声のCM (静岡だけでしょうか)

タイムマシンのようにもう完全に主人公のトトと同一化しちゃいました。

70ミリのスクリーンで見たリバイバル2本立ての名画の数々・・・・・ 

映画館が、夢の空間でした。

実は、学生時代 成就職活動で東宝 東映 松竹と映画会社を受けたのですよ。

どういうわけか全て不採用のため、今の私があるのですが・・・・1_2

違う人生もあったかも知れませんね。